「昭和」の学校やスポーツの指導では
「指導者の言うことを忠実に聞く」と言うことが美徳でした。
しかし私は中学生のころから「なぜそれをするのか」「どうすればもっと効果的か」を考える癖がついていました。
それで怒られることが無かったので、今思うと親や指導者に恵まれていたのでしょう。
先日、テレビでこんなシーンを見ました。
コーチが「なぜそのプレーをしたのか?」と選手に問いかけたところ
それで怒られることが無かったので、今思うと親や指導者に恵まれていたのでしょう。
先日、テレビでこんなシーンを見ました。
コーチが「なぜそのプレーをしたのか?」と選手に問いかけたところ
選手は「すみません」と謝るのです。
コーチはプレーの意図を聞いたのに選手は「怒られた」と思っているのです。
それでは成長しませんし試合に勝てません。
指導する側は「行動」や「結果」のみを見るのではなく、
なぜその行動をするのかな?と考えていただき本人を責めることなく、
意図や気持ちを聞くように心がければ考える癖が付いて行くと思います。
コーチはプレーの意図を聞いたのに選手は「怒られた」と思っているのです。
それでは成長しませんし試合に勝てません。
指導する側は「行動」や「結果」のみを見るのではなく、
なぜその行動をするのかな?と考えていただき本人を責めることなく、
意図や気持ちを聞くように心がければ考える癖が付いて行くと思います。